新・ノラの絵画の時間

西洋美術史・絵画史上重要な画家たちの代表作品と生涯をまとめました。

ロベルト・カンピンの生涯と代表作品(1) 初期フランドル派の開祖「フレマールの画家」とカンピン

 

  

ロベルト・カンピン(Robert Campin 1375 - 1444)概論

 

 ロベルト・カンピンは、ヤン・ファン・エイク(Jan van Eyck 1395 - 1441)と同時代の初期ネーデルランドの画家です。代表作は、下図のMérode Altarpiece(メロードの祭壇画)になります。

 

 

 ネーデルランドは、現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルクの海沿いの低地地帯を指します。当時はブルゴーニュ公国の領土でした。

 

 上に代表作を示しましたが、実際は、現在、確実にロベルト・カンピンのものであるとされる作品は1点も見つかっていません。なぜなら、当時は作品にサインを入れるという習慣がなかったためです。

 

 ちなみに、北ヨーロッパで作品にサインを入れた初めての画家はヤン・ファン・エイク(下図)です。彼以降、多くの画家が作品にサインと制作年を入れるようになりました。したがって、ヤン・ファン・エイク以前の画家については作品の帰属が不可能なのです。

 

 

 カンピンは、作品が1点もないにも関わらずヤン・ファン・エイクと並んでフランドル・ルネサンス(ネーデルランド・ルネサンス)と初期フランドル派(初期ネーデルランド派)の開祖であり、最重要画家であると考えられています。

 

 でも、作品がないのに開祖で最重要画家なんておかしな話です。実はここにはからくりがあるんです。

 

 

フランドル・ルネサンスの開祖「フレマールの画家 (Master of Flémalle)」とは?

 

 先の記事でも書いた通り、ヤン・ファン・エイクは、北ヨーロッパ・ルネサンス(イタリア以外のルネサンスを指します)の最重要画家の一人であり、フランドル・ルネサンスの最初の画家(ざっくり言えばルネサンスを始めた画家)であると考えられています。

 

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 実はこの時期、ヤン・ファン・エイクの他にもう一人、国際ゴシックの流れを組む装飾写本の技術を板絵に応用し、極めて写実的な作品で絵画に革命をもたらした画家がいました。

 彼は、ヤンと同じく、それまで使われていたテンペラではなく、最新の油彩技術を取り入れて色彩豊かな作品を作り出し、フランドル・ルネサンスの基礎を築きました。

 

 この画家は、作品は残っているものの、名前がわかりませんでした(サインを入れる習慣がないから)。そこで、後世の研究者たちは、この画家を「フレマールの画家 (Master of Flémalle)」と呼びました。

 

 「フレマールの画家」という通称になった理由は、彼の作品群がリエージュにあるフレマール修道院に収蔵されていたという記録があるからです。ところが、当時リエージュにそのような修道院があったという記録はないんです。不思議な話です。

 

 先ほどの「メロードの祭壇画」は、実は、この「フレマールの画家」の作品なのです。他にもフレマール修道院にあったとされる作品の中には「メロードの祭壇画」と画風の似た作品が3点あり、こちらも「フレマールの画家」の作品であろうと言われています。

 

 

 

 

 ともあれ、フランドル・ルネサンスは、「フレマールの画家」とヤン・ファン・エイクの二人によって始まったとされています(実際には、「フレマールの画家」の作品の方がヤンの作品よりちょっとだけ古いので、「フレマールの画家」がルネサンスの最初の画家だとされるケースが多々あります)。

 

 

「フレマールの画家」はロベルト・カンピンか?

 

 「フレマールの画家」の正体はずっと謎のままでしたが、1900年代になって「『フレマールの画家』はロベルト・カンピンなのではないか?」という説が現れました。

 

 その説の根拠は、ロベルト・カンピンの二人の弟子ジャック・ダレーロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品が「フレマールの画家」の作風に似ていたためです。

 

 下1枚目はジャック・ダレー、2枚目はロヒール・ファン・デル・ウェイデンの作品です。確かにウェイデンの作品は少し似ているかもしれません。

 

 

 

 ロベルト・カンピンの作品が「フレマールの画家」の作風に酷似しているのなら、根拠としてはわかりやすいですよね。でも、残念ながら彼のサインの入った作品はないので、「弟子の作品が似てるんだから、師匠が『フレマールの画家』なんじゃない?」というかなりいい加減な話になってしまいました。

 

 それでも、現在は「フレマールの画家」はロベルト・カンピンであるということになっています。それ以外にも「フレマールの画家」風の作品も、ロベルト・カンピンに帰属されています。

 

 しかしながら、研究者の中には「フレマールの画家」は、若い頃のロヒール・ファン・デル・ウェイデンであるとする人たちもいます。

 

 「作風がウェイデンに似てるんだから『フレマールの画家』はウェイデンに違いない」とする説の方がわかりやすいのですな。

 でも、そうするとウェイデンは20歳そこそこで「フレマールの画家」の作品を仕上げてことになり、ちょっと無理が出てきます。

 

 そうは言っても、この説も無視できないので、現在は「フランドル・ルネサンスの開祖は、ロベルト・カンピンとヤン・ファン・エイクとロヒール・ファン・デル・ウェイデンである」という折衷案的な歯切れの悪い言い回しになっています。

 

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