新・ノラの絵画の時間

西洋美術史・絵画史上重要な画家たちの代表作品と生涯をまとめました。

ルネサンス絵画と遠近法の歴史 ルネサンス絵画から大和絵まで「遠近法」の豆知識

 

    

 本項では「絵画における遠近法の歴史」の豆知識を掲載しています。遠近法は、イタリア・ルネサンスから始まったと言われますが実際には古代からありました。本項では、古代の遠近法中国の遠近法日本の遠近法も合わせて見ていきます。

 

 

線遠近法

 

西洋絵画における透視図法の歴史

 

 中世以降の絵画において線遠近法が見られるのは、前期ルネサンス(1300年〜)以降です。初期ルネサンス最初期の画家とされるチマブーエ(Cimabue 1240-1302)もしくはその弟子のジオット・ディ・ボンドーネ(Giotto di Bondone 1267-1337 )では、単純ながらも線遠近法の萌芽が見て取れます。

 

    下の絵はチマブーエの作品です。まぁ、遠近法の萌芽とは言っても小学校の低学年レベルです。

 

 

 その100年後、初期ルネサンス時代のイタリアの建築家フィリッポ・ブルネレスキ(Filippo Brunelleschi 1377~1446)が、現代の図学に通じる透視図法(一点透視図法)を世界で初めて完成させました。

 

 透視図法では、観察者の目の高さに水平線が存在し、遠いものほど水平線に近く、かつ、小さく描かれ、無限遠の物体は水平線上の点となり、消失します。この点を消失点と言います。

 

 

・1413年、ブルネレスキは、鏡にサン・ジョバンニ洗礼堂とシニョリーア広場の建築物を映し、さらにその輪郭をなぞることによって、水平線と消失点の存在を確かめました。下図はシニョリーア広場です。

 

 

・1427年、初期ルネサンスの画家マサッチオ(Masaccio、1401〜1428)が世界初の一点透視図法を使った絵画「三位一体」を制作しています。

 

 

・1435年レオン・バッティスタ・アルベルティ(Leon Battista Alberti、1404〜1472)は、ブルネレスキが開発した透視図法を「絵画論」にまとめて一般に広めました。

 

・1457年には、初期フランドル派(初期ネーデルランド派)の画家ペトルス・クリストゥス(Petrus Christus、1410/1420 - 1475/1476)が北ヨーロッパで初めての一点透視図法を使った絵画を制作しています。

 

・1490年代、初期から盛期ルネサンスにかけて活躍した画家アンドレア・マンテーニャ(Andrea Mantegna、1431〜1506)が人体を短縮して下からの視点を表現する「短縮遠近法」を開発しました。

 

 確かにキリストの背丈は短くなっているのですが、左右を短縮していないので、頭でっかちになっています。

 

 

 

・1490年代以降、盛期ルネサンスになると、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロなど多くの巨匠が透視図法を用いて傑作を制作しています。

 

 

 近代になるとわざと複数の消失点をずらして、不可思議な世界を構築した作品が現れます。下図はイタリア人の画家ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico、1888〜1978)の1914年の作品です。左右の建物の消失点が同一水平線上に乗らないため、不安を掻き立てる絵になっています。

 

 

 デ・キリコは「謎以外に何が愛せようか」とのたまうほど不思議好きで、複数の消失点とミスマッチな物を配置するという手法で「形而上絵画」という分野を開拓しました。形而上絵画は、その後、多くの画家に影響を与え、シュールレアリズムへと発展していきます。

 

 

 

古代の絵画の遠近法

 

 さて、下の絵画をご覧ください。こちら絵画も線遠近法を用いて描かれています。

 

 

 この絵の場合、建物の上部のラインをたどると下図のように消失点に収束することがわかります。一部消失点に交わらないラインもありますが、チマブーエやジオットの遠近法よりかなり正確のように見えます。

 

 

 この絵は西暦79年にヴェスピオ火山の噴火で一夜にして滅んだ、イタリア南部のポンペイの遺跡から発見された壁画の一部です。この壁画は紀元前1世紀頃のものと考えられていますが、年代測定が間違っていたとしても、少なくともチマブーエやジオットよりずっと昔の作品であることは間違いないでしょう。

 

 作品の建築物の上部を延長すると、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」のように一点(消失点)上で交わることから、この遠近法は観察ではなく理論に基づいて描かれたものであると推測できます。

   

    すごくないですか?紀元前なのにこのレベル!チマブーエの作品と比較してみてください(チマブーエには申し訳ないけど)。その差は歴然です。

 

 実は遠近法の起源は古く、古代ギリシアのアリストテレスの著書によれば紀元前5世紀には舞台の書割(背景)にすでに遠近法が使われていたそうです。同じくギリシアのアナクサゴラスデモクリトスは遠近法を幾何学的に記述し、舞台画に使用したと言われています。

 

 古代ギリシアの遠近法の理論体系の詳細は不明ですが、ポンペイの壁画を見る限りかなり高いレベルにあったと思われます。

 

 高いレベルにあったと思われる古代ギリシアの遠近法ですが、その後ヨーロッパでは忘れ去られてしまいました。一説では古代ギリシアの遠近法はインドを経て中国に伝わったと言われています。

 

 

中国絵画の遠近法

 

 では、本当に古代ギリシアの遠近法は中国に伝わったのでしょうか?

 

 下の絵画は中国で描かれた「宮楽園」(9世紀)と「韓熙載夜宴圖」(10世紀)です。家具に注目してください。中国でも確かに遠近法を用いてはいますが、家具も歪んでいてポンペイ遺跡の壁画のように体系化されている印象は受けません(参考論文:Chinese perspective as a rational system 台湾大学)。

 

 

 

 このレベルの遠近法であれば古代ギリシアを持ち出すまでもなく、チマブーエやジョットのように観察から到達可能です。古代ギリシアの遠近法が中国に伝わったとする説はちょっと怪しい…。

   

 さらに、中国絵画ではリアリズムは重視されず、「画は意を捉えるべきである(対象物を描くのではなく、対象物の本質を描く)」と考えられており、「三遠の法」のように一枚の絵のなかに複数の視点から見た風景を入れ込むことが普通でした。

 

 ちなみに三遠とは、近いところは「見下ろす視点」で、遠いところは「見上げる視点」で、さらにその中間は「水平の視点」で描くという描画技術を指します。

 

 このように絵画に対する考え方の違う中国に遠近法の理論が伝わったとしても定着するのは難しかったかもしれません。

 

 

 大和絵の遠近法

 

 一方、日本古来の大和絵にも独自の遠近法があります。屋根を取り払い、俯瞰的な視点から室内を描く「吹抜屋台」描写です。

 

 この描写は10世紀頃の大和絵にはすでに見られていたそうで、遠くにある物体ほど画面の上部に描かれます。ただし、遠くにある物体も描かれる大きさに変わりはありません。したがって、西洋の遠近法では、無限遠は水平線上になりますが、大和絵では無限遠は無限「上」になってしまいます(紙がどんなに長くても足りない)。

 

 

 この吹抜屋台と呼ばれる手法も、中国から伝わった可能性が指摘されていますが、詳細は不明です。

 

 ただ、吹抜屋台は右から左へと読んでいく絵巻ものにとって、漫画のコマ割りのような役目を果たすと同時に、登場人物の心情表現のための道具としても使われており、単なる技術以上の意味がそこに込められています。描かれるようになったきっかけはどうあれ、日本独自の表現方法です。

 

    

空気遠近法

 

 もう一つルネサンス期にリバイバルした技術が空気遠近法(aerial perspective)です。

 

 地球上では物体は遠くにあればあるほど色彩が落ち、青っぽく霞んで見えるようになります。これは空気中に含まれる水蒸気やチリなどによって物体からの光が吸収されてしまうためです。

 

 色彩の違いは光の波長の違いに由来します。波長の長い(エネルギーの低い)光は赤く、波長が短い(エネルギーが高い)ほど青っぽい色に見えます。

 

 頭に虹を思い浮かべてください。虹は青紫から赤まで色が並んでいます。虹を構成する光は青紫に近いほど波長が短く、赤に近いほど波長が長くなります。

 

   

 空気中に水分やチリなどがあると、波長の長い光は吸収されてしまい、遠くまで到達することができません。一方でエネルギーの高い青い光は、吸収されにくいため遠くまで到達することができます。

 

 つまり、物体が遠くにあるほど波長の長い光(虹の赤に近い光)は途中で吸収されてしい、波長の短い青に近い光のみが観察者に届くため、青く見えるようになるのです。

 

 この現象を逆手にとって遠い物体ほど青く霞んで見えるように描く方法を「空気遠近法」と言います。

 

 空気遠近法も古代から知られている遠近法でポンペイの壁画にも使われていました。また、中国の山水画などにも三遠と合わせて頻繁に使用されました。

 

 ルネサンスではこの空気遠近法が再発見され、レオン・バッティスタ・アルベルティレオナルド・ダ・ヴィンチらが研究して書き残しています。空気遠近法で特に有名なのはモナ・リザの背景です(下図:モナ・リザの向かって左側の背景部分)。

 

 

 遠景ほど青く霞んでいることがわかりますね。この方法は「最後の晩餐」のキリストの背後の風景にも使われています。

                                  

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