- ロレンツォ・ロットの「主張する肖像画」たち
- ロレンツォロットの代表的な肖像画と解説
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今回は、暗喩満載の盛期ルネサンス時代のイタリアの画家ロレンツォ・ロット(Lorenzo Lotto、1480〜1556/1557)の肖像画(ポートレート)をご紹介します。
正直言って、一般的に肖像画はまったく面白くありません。知らない人ですからね。当たり前だと思います。でも、そんな肖像画もそこに暗喩と謎解きの要素が加わると俄然面白くなります。
ロレンツォ・ロットの「主張する肖像画」たち
ロレンツォ・ロットは、肖像画の素晴らしさで知られています。
彼は、人物だけではなく、小物や窓から見える風景も丁寧に描き、モデルの大げさなポーズや視線から、その人の職業や生活環境、性格を表現しようとしました。そのため、人間の内面を捉えた最初の画家として評価されています。
でも、ロットの肖像画の本当の凄さは、その「主張」にあります。彼の肖像画のモデルたちは主張や訴えたいことを持っており、寓意を使ってそれを観るものに伝えようとしています。
ロットの肖像画は、まるで過去から現れた亡霊のように私たちに何かをしきりに訴えかけてきます。しかしながら、寓意を完全に理解できない私たちは、その主張をきちんと汲み取ることはできません。そのため、私たちは少しでも亡霊の声を理解しようとして、ロットの肖像画に耳を傾けることになるのです。
このような「主張する肖像画」を描いた画家は西洋絵画史上ロットが始めてでしょう。
ロレンツォロットの代表的な肖像画と解説
金細工師の肖像画
この「金細工師の肖像画」は、モデルをなんと3面から描いています。斬新でしょ?単純に考えても通常の肖像画の3倍手間がかかるのですから大変です。なぜ3面で描いたのかは全く不明ですが、もしかしたらモデルの金細工師は3つの異なる面を持った人物だったのかもしれません。
アンドレア・オドーニの肖像画
この「アンドレア・オドーニの肖像画」も特徴的です。オドーニは古代ギリシアやローマの彫刻のコレクションに囲まれています。オドーニは彫刻のコレクターでもあったようなのですが、ロットが描いている彫刻は実在したものではなく、彼の美徳を表すための暗喩だと言われています。こちらも手間のかかった肖像画ですね。
ルクレツィアに扮した女性の肖像
「ルクレティアに扮した女性の肖像」もまた意味深な肖像画となっています。
ルクレティアは紀元前6世紀の女性(実在したかどうかは疑わしい)で、ローマの王セクストゥスに強姦され、自ら命を絶ちました。これがきっかけで王家はローマから追放され、ローマは共和制となりました。
この作品では、ルクレティアに扮した(と思われる)女性が、左手にルクレティアの絵を持っています。机の上の紙には「ルクレティア以降、暴力を受ける女性がいないようにしよう」と書かれています。
ちなみに、このモデルの女性が誰なのかは不明ですが、彼女自身がなんらかの暴力被害にあった経験がある人物なのか、もしくは女性の人権を擁護する人物なのかもしれません。どちらにしてもコスプレした状態でスローガンを掲げるという極めて珍しい(そういう意味では世界初の)肖像画です。
書斎の紳士の肖像画
この肖像画の暗喩はすべて解明されているわけではなく、現在も議論されている段階で結論には至っていません。
若い男性が大きな本を開き、こちらを見つめています。画面が暗くてわかりにくいですが、背後には狩猟道具やリュートなど快楽の寓意を示す小道具が配置されています 。手前のトカゲ(下図2枚目)は、冷静さや精神性を表し、散った花びらは失望や病気、失恋を表します。
狩猟道具から、活動的な人物であり、本とトカゲから知的で冷静な人物であることが伺えます。一方、部屋の暗さと黒い服装、散った花びらから、現在何かしら不幸な出来事に遭遇しているであろうことが推測できます。もしかしたら恋人と死別したのかもしれません。
白いカーテンの肖像画
本作はトレヴィソ主教区を取り仕切るBroccardo Malchiostroの肖像画です。白いカーテンを背景とした大変美しい作品です。カーテンは、キリスト教では「隠す」という意味があり、この人物が何かを隠しているか、建前で生きなければならない状態を表しています。
さらに、右側のカーテンの隙間からランプが見えています。この炎は「生命の儚さを表す」という説もありますが、「隠した本音の背後で、淡々と燃える意思と孤独を表している」とする説の方が有力です。
この男性は、自分の主張があるもののそれを表に出すことが出来ず、孤立無援で戦っているのでしょう。
若い男の肖像
この作品のモデルは特定されていません。しかし、彼の背後にもカーテンがあり、本音を隠して日々生きていることが示唆されています。右側のカーテンの一部が開いて海が見えています。いったいこの男性は何を心に秘めているのでしょう?海に行きたいんですかねぇ・・・。
本を持つ若い男の肖像
「Fra Gregorio Belo da Vicenzaの肖像」は、握った右拳から意志の強さが伝わってきます。
さらに「本を持つ若い男の肖像」もモデルの感情が伝わってくる作品です。読んでいた本を閉じ、こちらを振り返る若者の顔には、侮蔑と反抗、さらに、挑戦が入り混じったような表情が浮かんでいます。緊張感を孕んだとても印象的な肖像画です。
夫婦の肖像
「夫婦の肖像」では、妻は夫の腕に手を置き、犬を抱いています。この仕草と犬は忠実、貞操、愛情を表しています。一方、男性は「HOMO・・・」と書かれた紙を持っていますが、こちらの内容については未だに解明されていません。
一見、仲の良さそうな夫婦ですが、互いの表情は固く、室内は暗く、窓の外は嵐の気配が漂っています。嵐の前の静けさですね。
Marsilio Cassottiと花嫁Faustinaの肖像
「Marsilio Cassottiと花嫁Faustinaの肖像」の二人は先ほどの夫婦よりずっと幸せそうです。この絵は、まさに新郎が新婦に指輪をはめようとしている瞬間です。背後のは愛の象徴のキューピッドがおり、永遠の絆と美徳を示す月桂樹が二人を繋いでいます。
紳士の肖像
「紳士の肖像」では、喪服のような黒い服を着た男性が少し悲しそうな表情で左手で脾臓のあたりを押さえて立っています。
ちょっとわかりにくいですが、右手の下には散った花びらと頭蓋骨があり、左手には二つの指輪をしています。これらは愛の終わりの寓意であり、彼は妻を亡くしたところか、夫婦関係が破局したところ(しかも悲しげなところから、彼の意思に反して)だと推測できます。
37歳の男の肖像
この作品は変なタイトルですが、壁の右にある文字は37歳の意味です。
モデルは、困ったような表情の男性です。背後の天秤の上のキューピッドは、天秤座か憂鬱の寓意を表します。さらに、指輪を指す右手も憂鬱を表す寓意です。なぜこんなにしつこく憂鬱を訴える必要があるのかは定かではありませんが、とにかく「37歳になって憂鬱だ!」ということを主張したい肖像画のようです。
プロフェッショナルたちの肖像画
コンパスを持っているのは建築家、楽譜を持っているのは音楽家、指輪を持っているのは宝石商の肖像です。職業を表した肖像画は、上記のような何かを主張する肖像画に比べるとわかりやすいと思います。そのかわり、面白味はありません。
そのほかのポートレート
長くなってしまうので、以下説明抜きで肖像画だけ載せておきましょう。肖像画は見ていて大変退屈なものですが、ロレンツォ・ロットの肖像画は退屈しません。見ながら想像をめぐらして見てください。
1517 ロザリオを持つ紳士の肖像(Portrait of a Gentleman with a Rosary)
カーテンの影から大地がのぞいています。海沿いの土地のようですね。
1523 Portrait of Lucina Brembati
こちらの女性は、澄んだ夜空に綺麗な満月が浮かんでいます。
1525 バルコニーの紳士(A Nobleman on a Balcony)
ちょっとわかりにくいですがテーブルの上には散った花、そして右手には地図があります。男性は手を伸ばして遠くを見つめています。
1527 黄金の前足を持つ男(Man with a Golden Paw)
007ばりのタイトルです。男性は左手に黄金のライオンの前足を持っています。
1543 Portrait of Laura da Pola, wife of Febo da Brescia
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